西野マチ on Nostr: ──絵師を、呼んだ。 ...
──絵師を、呼んだ。
床に伏せていて気が滅入ったが故の、一時的な気の迷いなのか。
それとも「彼女」が遺した言葉達を何度も反芻した、必然の判断だったのか。
昔から深く考えるのが億劫で、その思考はすぐに霧散した。
「……あの、正面からでなくて、よろしいのですか?」
依頼したのは、肖像画であった。
対象の顔が半分も見えない横から描けとは、彼も経験が無い事であろう。面食らうのも当然の事だ。
「構わぬ。」
絵師の筆が、少しずつ進む。
この、両の眼は、色々なものを目にしてきた。
思いがけず見たいものを見る事が出来た……とも思うし、見たくもない惨状も、醜さも、厭というほど目の当たりにしてきた。
彼女の、最後も。そうだ。
しかし、見落としてきてはいまいか。
そう、老いてからは思案する事が増えた。若き頃には考えられ無かったが。
そんな、不完全な眼を、両方形に遺すのが、嫌であった。それだけの理由だ。
絵師は怯えながら、筆を進める。
私の事を知っているものなら、当然の反応である。
なにせあだ名が「癇癪持ち」なのだから。酷い言われようだが、今となっては、言われるのも無理は無かったなと思える。
(君にもよく、我慢を覚えなさいと、怒られたものだったな……)
文字通りの、荒くれ者であった。
であるからこその、重ねた武勲だとも思う。
そして、信じるに足る、戦友にも恵まれた。
悔いがあるとすれば、彼女と共に、ヴァルハラへ向かえなかった事か。
(もうすぐ逢えそうだな。
……なぁ、ジャンヌさんよ。)
彼の名は、エティエンヌ・ド・ヴィニョル。
フランス、百年戦争後期で活躍した軍人で、ジャンヌ・ダルクの戦友であったことでも知られる。
──そして、トランプの「ハートのジャック」のモデルでもある。
ハートのジャックには、片目が描かれていない。そして、ハートの絵柄を、ただじっと見つめている。
#ノート小説部3日執筆
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